# 本来の自分にもどる旅3

ウエタニミレイです。

またまた離婚の危機におちいった我が家のその後についてです。

私が「疲れた~」とか「大変だ~」と口に出すことを嫌がる夫に対して、
もういいや!
もうムリ!
疲れた時には疲れたって言うし、大変に感じることだってあるよ!
もう夫とはやっていけない!
と強く感じました。
そして、「一体、どうしたらいいんだろう?」と、深い絶望にも似た感情もありました。

人によっては「疲れた」と言うことを嫌がる夫に対して
「なんてヒドい人」とか「なんて心が狭い人」とか「それぐらいいいじゃない」と感じる人もいるかもしれません。

けれどもうちの夫婦の場合は、
疲れていたので私の本心としては子どものイベントには行きたくなかったのに、
「子どものために自分が行くべきだ」と考えて
「夫も家でやりたいことがあるだろう」と勝手に気を回して
ガマンしてムリをして出掛けたことで疲労感をより強く感じて、
帰宅するやいなや開口一番に「疲れた~! 大変だった~!」と口に出してしまったという背景があるのです。

夫はそこに対して
「やりたくないことならやらなくていい」
「ミレイが好きなことをしろ」
「やりたくないことをやって文句を言うな」
「勝手に気をつかってムリをして疲れたとか大変だとか文句を言われるぐらいなら、何もしなくていいから」
と私にずーっと言い続けてきたのです。

自分が心からやりたいこと、楽しいことであれば同じことをしても感じる疲労感は違うものです。

ちょっと穿った見方をすると、そこまで「疲れた」とか「大変だ~」とか感じること、口に出すことに
抵抗を感じている夫の中に、なんらかのビリーフ、思い込み、信念があるんだろうな、
そのビリーフを形成するに至った過去の体験があるんだろうな、ということは想像できるのですが、
夫に「あなたの過去になにか問題があったから、疲れたという言葉に過剰に反応しているんじゃない?」
なんて言っても感情的な反発をくらうことは目に見えています。

私が変えることができるのは自分だけなので、
イヤなことでもガマンしてやってしまう、
自分が本当に好きでもないことをムリしてやってしまう、
私自身に向き合うしかないのです。

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そんな出来事があった翌日は、たまたま、以前から予定していたLPL養成講座の自主トレがある日でした。

LPL養成講座とは岡部明美さん(明美ちゃん)が主催している講座で、私は5月スタートの12期を受講しています。
LPL養成講座には、カウンセラーやセラピストになることを目指す人だけでなく、
自分の天命を見つけ、時代の変化とともに歩むことを決意した企業経営者の方も多く参加されていることが特徴的です。

私たちが悩み苦しむのは、他者や外界に起こる出来事が原因なのではなく、
それに対する自分の感情的反応や自動思考が原因です。
そして、その感情的反応・自動思考などの自動反応は潜在意識にトゲのように刺さった過去の未完了の感情と、
その体験をした時に無意識に思い込み、選択してしまった自分や人生に制限をかける思考(ビリーフ)がもとになって生まれているのです。

LPLでは、カウンセラー、セラピストなどの対人援助に携わる人や企業経営者のように他者に影響を与えるような人は
他の人に対して働きかけるメソッドを身につけようとする以前に、
まず自分の潜在意識に刺さったトゲを抜く作業を行うことを重視していて、
毎月の講座の合間に、受講生どうしで自主トレを行って、
自分の内面に向き合って、ひとつずつトゲ抜きをしていきます。

夫といざこざがあった翌日がちょうどLPLの自主トレの日だったので、
私は迷わずクライアント役になることを希望しました。

夫との大ゲンカから一晩明けて、ゆっくり考えてみても
本当に別れたいのか、自分でもどうしたいのかが分からないモヤモヤした状態でした。

「疲れた」と安心して口に出せない現状に「もうムリ!」と感じているのも事実なのですが、
そもそもはイヤなことでもガマンしてがんばりすぎてしまう自分がいることが
夫婦がもめるきっかけになっていることも一方で事実なのです。

セッションの主訴は「自分でもどうしたいのか分からない」というものでした。

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その日の自主トレにはLPL認定セラピストのあこちゃんも参加されていて、
あこちゃんの力も借りながらセッションが進んでいきました。

マインドフルネスの状態になって、深い深い潜在意識にアクセスしていきます。

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セッションの詳細を言語化しようと試みたのですが、どうしても難しく、
セッションで感じたことだけを書くと、
私がずっと自分でも感じないようにしてきた感覚、
ずっと抑え込んでいた感覚、
体を動かしたくても動かなくて、怖くて怖くて不安で仕方ない感覚、
そんな感覚を頭での理解ではなく、体感覚として感じることができました。

そして、そんな感覚を子どもの頃に感じたことはないかという問い掛けに思い出されたのは
10歳のある日の午後の小さな私の姿でした。

私が10歳になる直前に両親は離婚し、二つ下の妹と母と三人で暮らしていました。

母からは、父から電話が掛かって来ても出てはダメだと言われていました。

でも、私はパパっ子でした。父に会いたかったし、電話で話したかったのです。

母がいない時間帯を狙って、父から電話が掛かってきます。

でも母から、「パパから電話が掛かってきても、出てはダメよ」と言われていたので、何も言わずに電話を切ります。

悲しくて寂しくて泣きながら受話器を抱きしめて一人泣いている小さな私。

セッションの中で感じた、体全体が重くてしんどくて身の置きどころのないような感覚から思い出されたのは、
そんな小さな私でした。

その小さな私が、なんらかのビリーフを無意識に選択したのだろう、ということまでが、その日のセッションで分かったことでした。

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セッションの振り返りで、私には
「ムリしてがんばる」「イヤなことでもガマンしてがんばる」「ネガティブな感情、感覚を抑圧してガマンする」
ということがアイデンティティの根幹レベルに刻み込まれているのでは、ということが浮かび上がってきました。

つづきます!

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