ここしばらく臨床から離れていたのですが、
思うところあってこの春から企業内の診療所で診療を再開しています。
久しく忘れていたのですが、
「あぁ、臨床ってこんな感じだったなぁ」って思い出したのは、
「風邪の引きはじめのような症状なんです。
熱はありませんが喉が痛いのです。
早く治したいので薬をください」
というような患者さんの言葉です。
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診察所見が何もないという前提ですが、
若かりし頃は、こんな風に言われると
「あのですね、風邪を治す薬はないんですよ。
いわゆる風邪薬は症状を抑える対症療法のためのもので、
風邪を根本的に治すものではないのですよ。
あなたの身体には自然治癒力が備わっていますから、
それぐらいの症状だったら
仕事をそこそこに切り上げて
早く帰って水でいいからうがいをして、
よく寝るのが一番いいですよ。
大丈夫ですから、もっと自分の身体を信じてあげてくださいね」
なんて熱く語って、できるだけ薬を処方しないように
努力をしていた時代もありました。
そうすると何が起こるかというとですね、
患者さんは薬が欲しくて来ている訳だから、
「あの先生は薬をくれないおかしな先生だ」
という評判になるわけですよ。
診療が立て込んでくると
「もういいや」という気持ちになって
熱もないし、喉が痛いぐらいなのに
「はい、お薬出しておきますね」
と言ってしまった方がラクなんですよね。
こういう状況をドクターの後輩は
「私は薬の自動販売機ですから」
なんて自嘲気味に言っていたことがありましたが、
言い得て妙かもしれません。
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風邪を引きかけの状態で早く治したいから薬を飲むという方法は
その人の人生のどこかのタイミングで
取り入れた情報ですよね。
特にビジネスパーソンの皆さんは
お仕事を休みにくい方が多いでしょうから、
風邪は薬で治すもの、という認識があれば
「風邪を早く治したいので薬をください」
と考えるのももっともですよね。
総合感冒薬のテレビCMの影響もあるでしょうね。
でも、風邪は薬で治すものという思い込みは、
自分の身体に対する信頼感を低下させちゃうんですよね。
自分の体には自然治癒力が備わっている、
自分には力がある、
ということを忘れさせられちゃうんです。
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私はありのままの自分を受け入れられるようになることを目指して、
自分を信じることができるようになることを目指して、
色々な活動をしていますが、
自分を信じることのうち、とても大切なことは
自分の身体を信じることだと感じます。
「風邪なんです」という患者さんに
風邪薬を処方することは
自分を信頼できなくする片棒を担いでいる気がして、
自分の中に罪悪感があることに気づいた
ある日の午後でした。