いったいいつまでがんばり教の信者を続けるの?

ウエタニミレイです。

先日、胃腸炎で1日半ほど寝込みました。

たまたまとってもお天気のいい休日でした。

普段は役割も多く、あれやこれやと活動していますので
吐き気に苦しみながらも、こんなにお天気のいい休日なのに、
身体が思うように動かない自分にもどかしさを感じていました。

そんな中で、夫とのちょっとした会話がきっかけになってモヤモヤとした気持ちになりました。
胃はムカムカ、気持ちはモヤモヤです。

その時は具合が悪かったので、その出来事について深く考察することができなかったのですが、
後日、仲間と一緒にその時の私のモヤモヤした気持ちについて考察する機会がありました。

夫とどんなやり取りがあったのかを詳細に記すのは控えますが、
夫とのやり取りの中で私の中には陰性感情が発生しました。

陰性感情というのは怒りが代表的なものですが、
人と人との距離を遠ざけるマイナスの感情のことです。

自分の中に陰性感情が芽生えるときは、出来事を自分の私的感覚で判断して
○○であるべきだ、という形から外れている時に起こります。

夫とのやり取りの中で出てきた私の陰性感情を仲間と考察して分かったことは、
「私はどんな時でも活動的であるべきだ」という私的感覚と、
そこから生まれる、「だから活動的にできない現状の私はダメだ」という劣等感。

夫に対する陰性感情というよりは、ダメな自分を責める感情があったこと。

そして、理想としては、夫に「ミレイはいつもがんばりすぎだから、疲れているんだよ」
「たまにはゆっくり寝ていたらいいよ」と言って欲しかった、ということ。
(実際には別の対応をされた)

……というようなことが浮かび上がってきました。

私は長らく熱心ながんばり教の信者でしたが、
自分としてはここ数年でかなりがんばり教の洗脳が解けた気でいました。

でも、つい最近にも、全然洗脳が解けていないや~と感じる出来事があり
(この出来事についてはまた別の記事で書きます)、
さらに今回も体調が悪いならおとなしく寝ていればいいのに
吐き気に苦しみながらも活動的でない自分、
がんばっていない自分を責めている自分がいることに気づかされました。

いったい、どんだけ根深いのよ……。

いや~、もうさぁ、たまに具合が悪いときぐらい
余計なこと考えないで養生しようよ、自分!

がんばらないとダメ、がんばっていない自分は価値がない、
自分の理想通りに動けていない自分はダメ、と
どこまでも自分を裁いている、自分に対して競合的な私がまだまだ健在なのです。

自分を競合的に裁いているということは、深く掘り下げていくと
他の人に対しても競合的に裁いているということです。

きゃ~~、怖すぎる~~!!!

ここまでの理解が進んだのは仲間の助けがあったからこそ。

自己分析だけではここまで分かりませんでした。

本当にありがたいです。

次に体調を崩した時には、自分を責めない自分になれているかな~。

おけいこごとは続くのです…。

1 COMMENT

マダム・グラハン・洋子

こんにちは~

「がんばり教の信者」
「長らく熱心ながんばり教の信者でしたが」
ここ、とっても面白かったです。

頑張ることが良いことと教えられ、高い評価をされてきましたから
怠けごころなんて、人前に出せなかったですものね。

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