書きたいことを書く


自分の書くものに魂が乗っていないのが分かる。

というより、ここしばらくブログはほとんど書いていない。

書きたいことはたくさんあるような気がするのだけれど、

昨年末ぐらいから仕事、プライベートのそれぞれで

感情が大きく動く出来事があって、

それらの出来事のスピードに私自身がついて行けなくて

なかなか「書く」というところまで一歩踏み出せない。

そういう時は「時間がない」ことを言い訳にするんだよね…。

はい、これ私のいつものパターンね。

どんなに時間がない時でも、

なんならやるべきことを後回しにしてでも、

待ち合わせに遅れてでも、

家事や育児を夫に頼んででも、

「書きたい!」という衝動がハートの底から突き上げてくる時には、

カッコいいことを書こうとか、

まとまった分かりやすい文章を書こうとか、

読んでくれる人に役立つ文章を書こうなんていう

エゴからのメッセージを無視して

湧き上がってくるものを出さずにはいられなくなる。

こういう時は頭で考えて書いてはいない。

ハートの底から湧き上がってくるように感じるときもあるし、

降りてくるように感じるときもあるけれど、

とにかく書かずにはいられなくなって

無心にキーボードを叩くような感じになる。

もうすぐ、2冊目の新刊が発売されることも

ここしばらく自分の中から文章が湧き上がってこない

理由のひとつだろうな、と感じている。

このタイミングには、

新刊の宣伝になるようなことを書いたほうがいいんだろうなとか、

新刊が売れるように変なことを書かないほうが「得」だよなとか、

新刊の内容に関係するようなことを書いたほうがいいんだろうなとか、

とにかく一瞬でも頭で考え出すと、もう書けなくなる…。

本を書くということには

たくさんのエネルギーと想いを込めていることは間違いないし、

私自身の中から生まれ出たことであることは間違いない。

執筆しているときも自動書記的になって、

想いがあふれて泣きながら書いていることもある。

本に書いてあることは私の想いであるし、

読んでもらえる方に伝えたい心からのメッセージなんだけれど、

私にとって最も大切なのは

「私自身が一瞬、一瞬にまぎれもない私であること」

「今、この瞬間に感じていること」

「瞬間、瞬間の自分とつながっていること」

なのだ。

どんなにジタバタと地べたをもがくようにみっともなくても、

人様に見せたくないぐらいネガティブでドロドロしていても、

本を書いた人とは思えないぐらいに文章にまとまりがなくても、

自分の中からどうしようもなく出たがっていることを

アウトプットしないと生きている気がしない。

昨年末から私が直面している課題は「愛」と「信頼」。

研修では信用と信頼の違いは~なんて説明しているけれど、

「信頼」という言葉の意味と重みを改めてまざまざと感じている。

以前の私だったら、あまりに大きな課題に

「逃げ出したい、投げ出したい」という考えが頭をよぎったことだろう。

でも、もうそういう選択はしたくない。

大きすぎるなぁと感じられる課題が目の前に与えられているということは、

それだけ人生から期待されているということ。

次から、昨年末から自分の内側と外側で起こっていること

(自分の内側も外側も自分なんだけれど)を

書いていきたいと思う。

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