勇気づけって自分や他者をいい気持ちにすることではないんです

ウエタニミレイです。

気づけば前回ブログを書いてからずいぶんと時間が経ってしまいましたが、
仲間から刺激を受けましたので、今日は私もブログを書いてみます♪

先日、私が勇気づけ講座を開催している時に受講者の方からこんな質問がありました。

「アドラー心理学が言っていることってつまり、他人は変えられないから自分を勇気づけて自分の好きなように生きていけばいいということですか?」

そうじゃなーい!!!って叫びそうになりました。

アドラー心理学や勇気づけについて、表面的に理解すると
自分自身を勇気づけて自分の好きなように心のままに生きることが幸せ
勇気づけって楽しい
みたいな感じになるのかもしれません。

自分自身を勇気づけて潜在意識で自分の望む未来を引き寄せる
みたいな話を聞くこともありますが、アドラー心理学とは全く関係ありません。

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初期のアドラーと晩年のアドラーでは主張がガラリと変わっています。

初期のアドラーの研究テーマは器官劣等性とその補償、劣等感、劣等コンプレックスなどでしたが、
第一次世界大戦に軍医として参戦したアドラーはあまりにも悲惨な戦争を目の当たりにし、
みんなが戦わずに生きていくためにはどうすればいいのだろう、と考えました。
その結果、たどりついたのが「共同体感覚」です。

そして戦争から帰って来て以降のアドラーが目指したものは「共同体感覚の育成」なんです。

共同体感覚の育成と言うと、あまりにも堅苦しくて大げさな感じがありますが、
つまり、
自分は他者や世界とつながっていて、
世界は安全なところであり、他者は仲間であるという感覚、
自分には仲間である他者や社会のために役に立つことができるという感覚、
そして、自分の身の回りや社会でできる出来事や物事に対して
これはみんなにとってどういうことだろう?
みんなの幸せのために自分にできることはなんだろう?
と考えること、なのです。

アドラーの視点の先にはつねに社会があります。
個人は社会という文脈の中においてのみ、個人となるのです。
社会あっての個人、よい社会があるからこそ個人は幸せを感じられるのです。

そして、勇気づけとは共同体感覚を育成するような関わりのこと、
つまり
自分は他者や世界とつながっていて、
世界は安全なところであり、他者は仲間であるという感覚が持てるように、
自分には仲間である他者や社会のために役に立つことができるという感覚が持てるように、
そして、自分の身の回りや社会でできる出来事や物事に対して
これはみんなにとってどういうことだろう?
みんなの幸せのために自分にできることはなんだろう?
と考えられるように、関わることなのです。

ですからアドラー心理学の勇気づけって、
本来は、個人が自分の好きなように生きられるように関わることではなくて、
自分とつながっている他者や世界のために、自分に今できることはなんだろう?と協力的に考えられるように関わることなのです。

私は自分の本の中で勇気づけについて
「課題を乗り越えるためのエネルギがー湧いてくるように関わること」と書きましたが、もう少し言葉を補足してアドラーが言っていることをまとめるとこんな感じです。

自分には他者に貢献する能力があるという感覚を持てる(貢献感)、自分には価値があり、居場所があると感じられる(所属感)ときが勇気があるという状態で、
勇気が持てると困難を克服する活力、すなわち課題を乗り越えるためのエネルギー(勇気)が湧いてくる。
そして勇気があると人の役に立つ道で協力的に共同体に所属しようと決意できるのです。

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もちろん、他者や社会に貢献できるためには、
ありのままの自分のことを好きでいる方がいいだろうし、
不完全な自分でも認められた方がいいだろうし、
自分の課題を乗り越えるためのエネルギーが湧いてくるように自分に関わる方がいいだろうし、
自分らしく自分の人生を生きられた方がいいでしょう。

けれども、ありのままの自分のことが好きであるとか
自分の人生を生きるなどということはあくまでもプロセスであり、
最終的な視線の先には社会があり、みんなのために、という視点がないと
冒頭の質問のような利己的な考え方に陥ってしまう危険性があります。

アドラー心理学が他の心理学やコーチング、NLPなどと大きく違う点はベースに思想哲学があり、
目線の先には常に社会があるところです。
コーチングやNLPなどの対人技術で扱っているのはあくまで「個人」レベルの話であって、
アドラー心理学では主語が「私」ではなく、「私たち」なんです。
そして社会の中での個人を考えるという視点が、私がアドラーが好きだなって感じているポイントです。

アドラー心理学に基づいた教育やカウンセリングが目指しているのは「共同体感覚の育成」で、
共同体感覚を持てるように関わることが勇気づけなのですが、
自分には能力があって居場所がある、と感じられるように関わることだけでなく、
最終的に目指していることは
人の役に立つ道で協力的に共同体に所属しようと決意できるように関わることが勇気づけなのです。

勇気づけって本当に奥が深いと感じます。

2 COMMENTS

ミレイ先生

研修を受けてくださいまして、ありがとうございました。
学んだことを日常の生活で実践することで身についていきますので、少しずつでも実践されてくださいね!!

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