頭で知っていること、腹で分かること

ウエタニミレイです。

先日から最近の個人的な気づきについて書いています。

昔はこんなに自分のことをさらけ出すようなことをブログに書くなんて恥ずかしいという自意識過剰な思いもあったのですが、
仲良しの友人から「ミレイちゃん、大丈夫、個人のブログなんてたいして読まれていないから!」と勇気づけられて
今ではすっかり気にならなくなりましたw

「勇気づけ」という言葉を耳にする機会が増えましたが、勇気づけって単に他者をいい気分にすることではないのです。

友人が私に言ってくれたような「たいして読まれていないから」という一見ネガティブな言葉も私にとっては勇気づけになりました。

私の理解では、「勇気づけ」とは「課題を乗り越えるエネルギーが出るように働きかけること」です。

ですから、その働きかけが勇気づけになったのか、なっていないのかは、その後の相手を観察して初めて分かるということも少なくないです。

友人の言葉は私の行動に結びついたので、一見すると勇気づけとは思えないような「ブログなんてたいして読まれていないから」という言葉も私にとっては勇気づけだったのですね♪

こんな風に現実を直視するように働きかけることも、相手との関係性やタイミングによっては勇気づけの関わりと言えます。

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さてさて、私は頭でっかちなタイプだと自分で自覚があります。

心理学でいう『投影』という言葉はもちろん知っています。

自分が他者に望むことは本当は自分自身に望んでいることであるということも知っています。

誰かに腹を立てている時は本当は自分自身に腹を立てている時であるということも知っています。

どうしても許せない誰かさんと実は自分自身も似ている部分があるということも知っています。

ぜーんぶ頭では知っていたのです。

でも、けれども、But!!!
頭で知っていることと腹から分かることの間には大きなおお~きな違いがあることを最近痛感しています。

だからこそ、人に軽々しく
「それって心理学で言う投影だよ」とか
「あまり聞きたくないようなことを誰かが言ってくる時は自分が言わせてるんだよ」とか
「目の前の現実は全部自分が作っているんだよ」とか
「モヤモヤする気持ちを作り出しているのは自分なのに、それをやめないのはあなたの悪趣味だよ」とか
人に軽々しく言いたくないな、と思います。

自分に向き合うこと、自分のコアに近づくこと、自分が本当に望んでいることを知ることは時として怖いのです。

めちゃくちゃ怖いのです!!

自分自身が頭でっかちであることや、
理性で理解して分かったつもりになりがちなことも頭では知っていたつもりでしたが、
核心に近づくことに自分はこんなに抵抗するのか~と
改めてしみじみと受け止めております。

だからこそ心理学についてレクチャーするだけでなく、
目の前の人がその人なりのペースで、
その人なりのタイミングで気づいていけるように、
壁を乗り越えていけるように、
一歩前に踏み出していけるように
寄り添っていきたいな、と思います。

それでは皆さん、ごきげんよう\(^O^)/

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