イヤなことをガマンしてがんばるよりも好きなことだけした方がいいワケ

ウエタニミレイです。

我が家には9歳と5歳の男の子が2人います。

長男くんは1年ぐらい前?からMinecraft 通称マイクラというゲームに夢中です。

マイクラのことを話してくれる時は
文字通り顔が輝いていて、ものすごく楽しそう!

私はとても覚えきれないようなカタカナ名の登場人物?の名前を
いつの間にかとてもたくさん覚えています。

けっこう分厚い攻略本を熟読して、
文字の間違いや印刷のミスにもどんどん気づいています。
「あなたは校正ボーイか!?」とツッコミを入れたくなるぐらいですw

昔の私だったら何も考えないで
本当の意味で子どもの様子を見ないで
自分の価値観だけで
「ゲームなんてしていないで、勉強しなさい!」と言ったかもしれません。

けれども、アドラー心理学を学んだり
その他にもココロのことについて学んだり
自分と向き合う作業を続けたり
何よりも世の中を見ていると
単に勉強することそのものを目的とすることの無意味さを
理解できるようになりました。

もしかしたら、人生で成功するために、
将来、いい会社に就職するために、
道を踏み外さないために、
自分に合っていないことでも、
勉強はしなければならないし、
好きではないことでもガマンしなければならない、
それが人生というものだ、という反論があるかもしれません。

産業医として、自分に合わない仕事をガマンして続けた結果、
メンタルヘルス不調に陥った方を何人も見てきています。
人には努力では乗り越えられない適正というものがあるのです。

人生は長いようで短いのです。
自分のココロをすり減らしてまで、
好きでもないことをガマンして努力する、ことだけを繰り返すのは
かけがえのない人生がもったいないと思います。

また、私個人としても社会に出てみて、よーく分かったことがあります。
どんな分野にもものすごく優れている天才とか名人と呼ばれる人がいます。
彼らは人並み外れた大変な努力をしてきているはずです。

なにかに対して、凡人ではできないほどの努力ができるのは、
何よりもそのことが好きだ、というシンプルな根っこがあるからです。

たいして好きではないことでも努力を積み重ねることで、
ある程度のレベルまでは達することができるでしょう。
けれども、そのことが大好きだ!という気持ちが根っこにある人が
積み重ねられる努力の量にはかないません。

結果がどうなるか、ということだけでなく
何かに取り組んでいる時に楽しく感じているか
ガマンして取り組んでいるか、という
違いは人生の満足度に大きな違いを生み出します。

ですから、成功するために、将来のために
好きでもないこと、自分に合わないことでも
ガマンして続ける、というのはロジカルに考えても
論理が破綻しているのです。

社会に出てみて、周囲を観察してみて、
あることがとても好きで努力していて結果を出している人と
好きでもないことをガマンして努力してあまり結果が出ない人がいるということに気づいてからは、
私は好きではないことはできるだけやらないようにして、
好きなことだけを続けるようにしました。

好きではないことをやめて
好きなことだけ続ける、という選択を続けた結果、
自分が若い頃に思い描いたような人生を送ることができています。

自分の好きなことに取り組んで、
好きなことについて話している人を見ると、
伝わってくる熱量が違います!
その熱量は周囲の人をもワクワクするような気持ちにします。

という訳で、我が家ではマイクラ好きな長男くんのために
どんどん攻略本を買ったり、
スマホだと姿勢が悪くなるので
マイクラ用のPCを買ったり、
長男くんの「好き」を応援しています♪

ゲームが好きなことが将来にどうつながるかは分かりませんが、
「ゲームばかりしていないで勉強しなさい」とガミガミ言われるよりも、
心の底から好きだと感じられることにのめり込んだ体験、
両親が自分の「好き」を応援してくれたという体験は
きっと長男くんのココロの栄養になっているはずです。

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