自分の居場所を作るには

ウエタニミレイです。

連休の中日ですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
私は普段と変わらずお仕事に邁進しておりますw

そんな中でフッと書きたいテーマが浮かびましたのでブログに記録します。

若い頃の私はけっこう個人主義的というか、恥ずかしながら「私のことを分かってくれる人はいない」的な世界観の中で生きていました。

表面的には賑やかに社交的に振る舞っているのですが、いつも心のどこかに空洞があるというか寂しさがありました。

「自分のことを分かってもらいたい」と他者に過剰に期待するのですが、他人に100%理解してもらうなんて不可能なので「やっぱりこの人にも分かってもらえなかった…」と勝手に失望して心を閉じていました。

っていうか、自分でも自分のことを100%理解なんてできないよなぁって今は分かりますが。

こんな世界観を持っていると、いつも自分には居場所がないような感じがしますし、友達ができないんですよね。

今思うと、若い頃はホントに拗ねていたし、甘えていたなーって笑えますw

どこにいても、自分には居場所がない、周りのひとは分かってくれない、ここは自分がいるべき場所じゃないとか感じていたので、いつもなんとなく心ここにあらずというような状態でもありました。

色んなことを学んで分かったのは、当時の私は周囲の人や自分を取り巻く環境に対して、「ここが間違っている」「これがおかしい」「ここは居心地が悪い」などと、自分の私的感覚で終始ジャッジしていたんですよね。

そんな風だからその場に貢献しよう、という姿勢にも欠けていたと思います。

こんなに競合的な構えでは、いつまでも安心してくつろいで所属できる居場所は作れないのは当然だったな、と今なら分かります。

人生の潮目が変わったのはいつ頃だったかハッキリしていないのですが、
どこかのタイミングで
「何はともあれ、他の人や環境に対してジャッジするのは保留して、今、自分が置かれている場所で、今の自分にできることで、みんなの役に立てるように全力を尽くそう。
他の人からどう思われるかは関係なく。結果がどうであるかは関係なく」
と決めて、実際にそのように行動してみたのです。

するとあれよあれよとみるみる間に自分の周りの世界が変わりました。

自分に居場所ができて、くつろいで一緒にいられる仲間ができました。

「今、自分のできることはなんだろう?」と考えて行動しつづけることで、不思議なことに、どこにいても何をしていても、ここは自分の居場所だって感じられるようになりました。

私たち人間の究極的な目標は共同体に所属すること、自分の居場所があって仲間がいるな、と感じられることです。
これは恐らく人類の進化の過程でインプットされたことなのではないかと思います。

人類は弱いからこそある戦略を取った 人類は弱いからこそある戦略を取った

アドラーは「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と言いました。

私たちは所属に失敗するとき、自分の居場所がないと感じられる時に悩むのです。

そして、なぜ所属に失敗するかというと、競合的な態度で他の人や周囲の環境を陰性感情を持ってジャッジしてダメ出ししているからです。

もしもあなたが自分には安心できる居場所がない、仲間だと感じられる人がいないならば、
他の人がどうあれ、周囲の環境がどうあれ、自分がいる場所で今の自分にできることを行う、ということを選択して行動しつづけてみて下さい。

そのうち、そこに自分の居場所ができて、仲間だと感じられる存在に出会えると思いますよ(*^_^*)

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