生きるとは対話すること

こんにちは。

アドラー×ゲシュタルトをベースに心の学びをお伝えする

“はたらく人の自己受容と自己理解のためのサポーター” 上谷実礼です。

生きるとは対話すること

アドラー心理学に加えて、3年前からゲシュタルト療法を学んでいます。

2年間のトレーニングコースが来月で終わるところなのですが、

先日、仲間のワークを見ていて、「生きることは対話すること」だという思いが湧き上がってきました。

 

ゲシュタルトでは「コンタクト(接触)」を大切にします。

私たちには自分にとって必要なことに気づく力があって、

気づくことができればその欲求、必要なことを完了させていくことができます。

 

必要なことに気づき、しっかりと気づきにコンタクトし、

その気づきを表出(しゃべったり書いたりすることなど)することで体験として完了させていくことが生きるということだな、と以前から感じていたのですが、

そのプロセスを対話の形で受け止めてもらうプロセスがあることで、

より「つながりの中で生きる」という感覚が立ち現れるように感じます。

 

ワークでは何か特別な技法を使うわけではなく、

涙ながらの感情解放が起こったということでもなく、

ワーカー(ワークを受ける人、クライアント)がファシリテーターとの対話を通して、

淡々と自分の感情や自分の中の感覚に気づき、その気づきを表出する。

ファシリテーターはワーカーの気づきをノンジャッジで受け止め、

ファシリテーターの中で浮かび上がってくる気づきをまたワーカーに伝える。

そんな様子で静かに進む対話に、とても心が揺さぶられ、涙が止まりませんでした。

 

人が自分にとって必要なことに気づきコンタクトする姿は美しい。

コンタクトしたことを正直に取り繕うことなく人に伝える姿は美しい。

目の前の人の気づきをそのままに受け止める人の姿は美しい。

そして人と人とが気づきを伝え合う対話は美しい。

 

「生きるとは対話をすること」なんだなぁと、感動したお話でした。

 

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