子ども時代にしっかりと子どもを生きる

こんにちは。

アドラー×ゲシュタルトをベースに心の学びをお伝えする

“はたらく人の自己受容と自己理解のためのサポーター” 上谷実礼です。

子ども時代にしっかりと子どもを生きる

前号のブログで長男くんの卒業のことを書いたら、

「卒業おめでとうございます」メッセージをたくさんいただきました。

ありがとうございました♡

その後、無事にスライドショーは仕上がりましたが、

明後日金曜日の卒業式では保護者代表挨拶をすることになっているので、

動画製作の次は挨拶の原稿を考えていますw

 

卒業準備の他にも、中学校でも入学前の新入生登校日があったりして、

長男くん関連の行事が色々と立て続きます。

 

おのずと「自分が中学に上がる頃はどうだったかな」と久しぶりに思い出していました。

私が小学校3年生に上がるときに両親が別居して、4年生の終わりに離婚。

その時の体験はあまりにも悲しくて絶望的なものでした。

私がどんなに泣いても叫んでも懇願しても両親の決断が覆ることはなく、

子どもながらに「これ以上、大人の都合で振り回されたくない」

「自分で生きていける力を身につけよう」と硬く決意をしました。

10歳になるちょっと手前でした。

そこからは唯一自分にできることだった“勉強”でがんばる、ということを決めて、

5年生からいわゆる進学塾に入り、中学受験のために猛勉強を始めました。

記憶する限り、母から「勉強しなさい」と言われたことは一度もありませんでしたが、

毎日夜中の2時ぐらいまで自主的に勉強していました。

今、冷静に振り返ると、ちょっと“普通”ではない小学生でした。

 

長男くんの学年のスライドショーを作っていると、

みんな、とても子どもらしいいい笑顔をしています。

私が同じ年の頃の写真では悲壮感を漂わせた鬼気迫る表情をしていたと思います…。

「思います…」というのは、当時の写真はもうないからです。

20代の頃、あまりに人生がしんどくて自分の人生をリセットしたいと強く感じた時期があって、

子どもの頃からの写真を全部捨てました。

今となっては「捨てなきゃよかった」と後悔する気持ちもありますが、

その当時はもう何もかもがイヤだったんだよね。

ちょうど臨床医を辞めた頃です。

この時代は私の暗黒時代ですが、気が向いたらまたその頃の話も書きます。

 

−−

 

話が逸れかけましたがw、当時、神戸に住んでいたのに、

都会志向だった母の影響もあり、関東の学校も受験していました。

自分の人生を切り拓きたくて、12歳で家を出て寮生活をすることを自分で決めましたが、

今、振り返ると我ながら「やっぱりちょっと“普通”じゃないよね」って思います。

時代の影響や、男女の違いはあると思いますが、

うちの子達は私が子どもだった頃と比べるととても幼いです。

全然しっかりしていないし、いわゆる“いい子”ではないかもしれませんが、

子どもらしい子どもで、ふたりとも伸び伸びと育っています。

いつもリラックスして安心していて甘えんぼです。

私は自分のことがキライでしたが、子ども達は自分のことが大好きです。

12歳で家を出るなんてこれっぽちも考えていなくて、

安心で快適なおうちにずっといたいと言っています。

ま、それが“普通”の子どもだよね。

そんなふたりを見ていると、「いいなぁ」って感じるのです。

−−

私自身は子どもの頃から利発でとてもしっかりした頼りになる子でした。(←自分で言っちゃうけどねw)

5年生か6年生の頃、夏休みかな。

母の母、おばあちゃんがうちに来ていて、突然、ろれつが回らなくなり、

「ここはどこやったかね?」とワケの分からないことを言い出しました。

今、思い返してみると、一過性脳虚血発作(TIA)だと思うのですが、

その時は母は会社に行っている時間で、うちには私とおばあちゃんしかいませんでした。

私は、おばあちゃんの意識レベルを確認し、冷静に119番に電話し、

バッグに入院道具を詰めて、ひとりでおばあちゃんに付き添って救急車に乗りました。

ハッキリとした記憶はなくて「あの時、ミレイはこうした」という

母からの伝聞で記憶が強化されている部分はあると思うのですが、

大筋はこんな感じのエピソードで、5年生か6年生とは思えないような、

とにかく一事が万事、しっかりとした子どもでした。

この時の経験から医師を志した…とか言えるとカッコいいのですが、

そんなことは全くないのがちょっと残念なのですが…。

 

 

その他にも、いつも母の仕事の愚痴を聞いたり、

中3の頃に父と交流が復活してからは父の仕事の悩みを聞いたり、

再婚した父の新しい家庭での悩みを聞いたり、

長らく親のカウンセラーの役割をしてきました。

 

−−

自己探求の過程では、自分が背負ってきた役割を理解し、

自分の子ども時代の傷を癒やす、という段階があります。

その段階を経て、子ども時代に学ばなかったスキルや行動の仕方を改めて学びます。

 

子どもが子ども時代に学ぶ必要のある行動やスキルは

遊ぶこと、助けを求めること、質問すること、ノーと言うこと、

自分には大切にしてもらう価値があると感じること、限界を設けること、

自分の感情やニーズを確認すること、適切に感情を表現すること、などです。

 

 

私は、夫婦ゲンカの耐えなかった家庭で、ずーっと緊張した幼少期を過ごし、

両親が別居した小3以降の私の子ども時代は損なわれてしまったと感じています。

子どもの頃からほとんど遊ばないで勉強ばかりしていたので、

つい最近まで遊ぶのが特に苦手でした。

(今は子ども達とよく遊んでいますw)

何もしないでただボーッと空を見たり、

遊んだりすることなんかよりも、

もっと生産性のあることや意味のありそうなことや

勉強のために時間を使わねばならぬ、と思っていました。

折り紙で遊んだことがないので、“鶴”すら折れませんでした…。

 

まぁ、典型的なアダルトチルドレンだったわけです。

最近ではあまり自分の幼少期を思い出すことはありませんが、

家庭の中で役割を押しつけられることなく、

子どもらしく子ども時代を満喫している、うちの子達を見るにつけ、

よかったなぁと思うし、

子ども時代には安全安心を感じられる基地が必要で、

ていうか、安心安全さえ感じられれば家庭の役割は充分だよなとすら思います

 

−−

カウンセリングのテーマで、子どもの勉強への関わりをどうしたらいいかという

相談はよくあります。

でもね、親が教育ママだったとか、受験にまつわる傷の話をたくさん聞くと

「勉強しなさい」ということの弊害は多いよなって感じます。

たとえば成績が悪いと叩かれたとか、

体罰はなくても、ものすごくガッカリしたお母さんの顔が忘れられないとか、

第一希望の学校に落ちたときお母さんが泣いたのがショックだったとか、

親をめぐる自己否定の物語に、勉強や受験の話が出てくることは枚挙に暇がありません。

 

子どもは子どもらしく生きていいのです。

子ども時代にしかできないことがあるのです。

子ども時代から、未来への準備のためだけに今日を過ごすなんてもったいないです。

今ここ、かけがえのない今日という日に全力で遊ぶことをしないままに大人になると

私のように遊ぶことができない大人になります。

勉強しない子どもよりも、遊べない大人の方が問題だよなって思います。

 

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というわけで!

前号で、来月の月例勉強会のお知らせをしますよ~ってお伝えしましたが、

4月度の月例勉強会『自分らしく生きるレッスン』は

自然の中に飛び出して子ども時代の自分を取り戻す1Dayワークを行います。

オンラインや研修室でセミナーを行うのではなく、

自然の中で自分を感じて自分とつながるワークをしたいな、とずっと考えていました。

インフォメーションがとても遅くなってしまったのですが、

すでにお申込みもいただいています。

よかったら皆さんもご一緒しませんか^_^

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