先日、2日間にわたって開催された「日本ゲシュタルト療法学会第15回学術大会」に参加しました。
初日は、米国インディアナポリスのゲシュタルト療法家・Charlie Bowman氏のキーノートスピーチ
「歴史的文脈から現代的課題へ:ゲシュタルト理論はいかにその時代から生まれ、私たちの時代に語りかけるのか」
から始まりました。
初めて聞くフリッツ・パールズのエピソードや、
ポール・グッドマンとの出会いの話に、
知的好奇心が大きく膨らみました。
続くワークでは、
ファシリテーターとしての在り方に心打たれました。
2日目は、大会長・久松 睦典さんによる大会長講演
「心理療法史から見たゲシュタルト療法ーPTSDへのゲシュタルト療法的なアプローチを試みた事例を通して」
から始まりました。
シャーマニズムに端を発する心理療法の歴史に、
個人的にはかなり興奮してしまいました。
ケース報告では、
久松さんの心理士としてのあり方そのものに惹きつけられ、
興味津々でした。
今年は特に、当事者研究の発表が多かったことも印象的でした。
その中には、LMTスクール1期生の活動報告もありました。
ぐみちゃん(小長谷恵さん)の『ゲシュタルト療法における武道的アプローチの意義の検討—「役割」を媒介とした関係性の変化と人間的成長の可能性—』
のりちゃん(小澤典子さん)とはるみちゃん(前田はるみさん)の『複数ファシリ体制による場づくりの可能性~“内側の場”と“外側の場”での対話実践の記録から~』
といったスクール生の活動報告では、
みんなとの出会いの頃からを思い出して、
何度も目頭が熱くなりました。
正直な自分で生きる、ということに、
真摯に取り組んでいる仲間たち。
その姿からたくさんの勇気をもらいました。
また今回は、
りさちゃん(権田理紗さん)の『ゲシュタルト療法における「頑張る」の質的転換の検討—成人発達の観点からみる“単一の頑張り”から“多様な頑張り”への展開—』
で座長を務めさせていただきました。
日本社会ではあまりにも当たり前になっている
「頑張る」という表現。
私たちは、恐らく子どもの頃のどこかのタイミングで、
親や先生から「頑張りなさい」「頑張れ」と言われ、
そこで初めて「“頑張る”に出会った瞬間」があったはずです。
けれど、
「頑張るとは一体どういう意味なのか?」
「頑張るとは具体的にどうすることなのか?」
ということについて誰かにきちんと教わった記憶は、
意外とないのではないでしょうか。
それにも関わらず、
「頑張ることはよいこと」という概念は、
私の中にも、そして多くの日本人のみなさんの中にも深く内在化され、
私たちの人生を駆動しています。
それって、もしかすると
かなり乱暴なことなのかもしれない――
そんな感覚がふと湧いてきて、少し怖くもなりました。
「頑張る」というテーマに真正面から向き合う機会は
意外なことにこれまでなかったので、
座長という立場で関わらせていただいたことで、
私自身にとっても、とても大きな気づきと学びがありました。
ブレイクアウトルームでご一緒した皆さんとの交流も、
とても楽しく、ありがたい時間でした。
企画運営してくださった大会事務局の皆さん、
ご一緒させていただいた学会員の皆さん、
ありがとうございました🍀
