アドラー心理学×ゲシュタルト

こんにちは。

アドラー×ゲシュタルトをベースに心の学びをお伝えする

“はたらく人の自己受容のためのサポーター” 上谷実礼です。

アドラー心理学×ゲシュタルト

先週末の三連休はゲシュタルト三昧!

https://www.gestaltmeeting.net/

アメリカ、イギリス、ブラジル、メキシコの先生方とオンラインでつながるってスゴいです!

ゲシュタルトはベースに実存主義という哲学を持っていることが特徴。

アドラー心理学が共同体感覚という思想を持っていることと似ています。

だからこそ、アドレリアンとして生きるということが可能になってくるし、

ゲシュタルトは単なる心理療法の技法ではなくa way of beingにもなりえるのですね~。

私が好きになるモノって「生き方」に関わる、という共通点を持っているなって感じます。

そして私も「アドラー心理学とゲシュタルト」のお題で、

30名の方にお話しをさせていただきました♡

アドラーの仲間が何人か参加してくれて、

ゲシュタルトのコミュニティの皆さんにもアドラーに興味を持っていただけたようで嬉しいです^_^

 

2007年にアドラーに出会ってから、

2017年5月にミレイ先生のアドラー流シリーズ1冊目を出すまで、

アドラー心理学一筋にどっぷりと浸かった時間がありました。

そのおかげで夢だった本を出すことができ、

講座や研修でたくさんの方にアドラーを伝えるようにもなっていました。

でも、学べば学ぶほど、どんどん苦しくなっていきました。

アドラー心理学は頭で理解できたような気になっても、

知恵を実生活に落とし込み、生き方まで変えていくのは容易ではありません。

(アドラーの先生のひとりは「アドラー心理学は本だけでは学べない」って

いつもおっしゃっていました)

 

私はなんでもすぐに表面的に頭で理解して、

それっぽくカッコつけちゃうのは得意なのです。

でも、頭では分かっているのに気持ちがついていっていないことや、

本まで書いて研修で教えるようにまでなっているのに、

人に伝えていることを自分が自分の人生ではできていないことを

自分で一番よく分かっていることがめっちゃしんどかった。

そしてそんな自分を見ないようにして、

人にもバレないようにがんばって、

アドラー以外の学びが必要だと心の底で感じていたのに、

本を書いたり研修で教えたりしている私が

アドラーだけではダメだ、なんて思うなんてとんでもない!と

誰にも言えなくて、自分を密かにがんじがらめにして

勝手に枠をはめていたのですね。

今、振り返ってみると、どうしてあんなに囚われていたのか

笑っちゃうぐらいなのですが、

なんとなく先生を裏切るような気もしたし、

アドラーのコミュニティから足を踏み出してみるのも怖かったし、

アドラーだけではダメって思ってしまうのは、

それまでの自分を否定するような気もして認めがたかったし、

かと言ってめちゃくちゃ苦しいし、

あの時期はホントにしんどかったなぁ。

 

 

あとはね、

それじゃなくても医師としてメインストリームを離れた生き方をしているのに、

これ以上、心の探究を深めていったら、

潜在意識の領域まで突き進んでいったら、

どんどん変なお医者さんになってしまう~

もう娑婆に戻れなくなる~

という怖れもありましたw

 

 

そんな事態を打開するきっかけになったのは、仲間たちと始めた勉強会でした。

アドラーの先生からは学びのレベルが同じぐらいの仲間とともに学ぶことが大切、

と言われていたのですが、それまでの私は本格的に仲間と学ぶということをしていなかった。

何人かで集まると、なんとなく私が教える立場になってしまうのもイヤだった。

だから、学びのレベルや向上心が同じぐらいの仲間たちと勉強会を始めて、

安全安心を感じながら、「そのままのミレイちゃんでいいんだよ」と受けとめてもらえて、

しかも知的好奇心も満足させていくことができるようになっていったのはありがたい時間だったなぁ。

そんなこんなで意を決して仲間たちに

「アドラーだけでは癒やされない感じがするんだけど」

と伝えてみたら「やっぱり? 自分もそうだよ」とみんなに言ってもらえて、

「え!? そうなの? そんなこと言っちゃっていいの?」と

ズッコけるような、嬉しいような気持ちになったものです。

 

 

そこからゲシュタルトやその他の心理療法との出会いがあって、

さらに自分の理解も深まり、自分を理解してあげたことで

少しずつ自己受容できるようになり、どんどんと癒やされていったのですね。

学びを続けていくと、アドラーだけではダメだと感じたのは

私の勉強不足な面が多分にあったことも分かりました。

決してアドラーがダメなんじゃないのです。

ただ、アドラー心理学は基本的には健康な人のためのものです。

当時の私は自分で思うよりも病んでいたのでしょう。

(ま、そうだよね、黒歴史がいっぱいあるもんね…)

もっとセラピーレベルのアプローチも必要だったのですね。

今では、私にとって、アドラーとゲシュタルトは生きて行くための両輪となっています。

 

 

こーんな話を先週末のイベントでもさせていただきました。

たった3年ちょっと前のことですが、ずいぶん前のことのように感じるなぁ。

しゃべってみて、文章にしてみて、

いろんなことに囚われていたあの頃の自分が笑えますが、

自分なりに一所懸命だったんだよね。

 

 

コミュニティから足を踏み出すことも、

アドラー以外の学びをすることも、

変なお医者さんになっちゃうことも、

めちゃくちゃ怖かったけれど、

今となってはアドラーにもゲシュタルトにも仲間ができたし、

アドラー×ゲシュタルトの形で有機的な知恵をお伝えできるようになったし、

変なお医者さんとして重宝されて多方面からお声を掛けてもらえるようになったし、

企業研修で瞑想や潜在意識のことを伝えても興味を持ってもらえているし、

自分が恐れていたようなことはなにも起こらなかった。

そして何よりも自己受容が進み、とても生きやすくなった。

いつも、ラクだなー 自由だなーって感じていられる。

 

 

だからね、スクール生たちにもいつも伝えているんです。

いろいろ学ぶといいよ~

他のカウンセラーのカウンセリングも受けるといいよ~

私を崇拝しちゃダメだよ~

私が言っていることは絶対じゃないよ~

私が言っていることと違うことを感じてもいいんだよ~

「ミレイちゃん、言ってることとやってることが違うじゃん!」ってツッコミ入れていいんだよ~

何を感じてもいいし、何が好きでも何がキライでもいいんだよ~

 

 

なんだか、思い掛けず長くなっちゃいましたが、

言いたかったことは

アドラーもゲシュタルトも大好き!

ってことでした♫

皆さんも、自分の「好き!」に従って

学んだり行動したりしちゃってね♡

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