有り難い存在

 

ここ最近、夫に対してのモヤモヤを自覚している。

先日の投稿にも書いたように、私は長らく“つくるちゃん”と人生を共にしてきた。

“つくるちゃん”はこんな感じだ。

「(大切な)人の理解と受容が得られないと、私は自分の好きにしてはいけない」

「(大切な)人の理解と受容の範囲内でしか、私は自分の好きにしてはいけない」

そして、私にとって大切なこと。

“理解と受容”とは、私という存在そのものに対する“理解と受容”ではなく、

私が選択し、行っていること、好きにしたいことの内容に対して理解して受容して欲しいのだ。

☆

夫は、もちろん私にとっての大切な人だ。

私の存在をまるごと肯定し、受け入れてくれているが、

私が選択し、行っていること、好きにしたいことの内容に対して

理解して受容してくれているわけではない。

夫は大学院まで工学部の超超超理系な人。

目に見えないこと、証明しようのないこと、

「心の学び」とか「スピリチュアル」なんかには分かりやすい嫌悪感を示す。

夫が超理系であるということの他にも影響因があるのだろうな、と思う。

夫のお兄さんはもう亡くなっているけれど、

心の学びの世界ではかなり有名な方だったらしい。

そんなお兄さんと夫は決して折り合いが良かったとは言えないので、

お兄さんに対する反発もあるのだと思う。

だから私の興味関心に対してとやかく言わないし、

私の仕事や学びに協力はしてくれるが、

みずから興味を示すことはない。

そこに対してモヤモヤしているのだ。

☆

そんなモヤモヤを抱えつつ、夫の関わりについてOSHOカードを引いてみたらこの方が登場。

「FIGHTING」

笑える。

あぁ、私は夫と戦いたいわけではないのだ。

分かって欲しいのだ。

これまで、「どうせ夫には分かってもらえない」と決めつけて

自分の考えや感じていることをしっかりと夫に話してこなかった。

伝える努力をしていないのに、ファイティングポーズを取ってるんだ、私。

私の気持ちを伝えよう。

夫と対話しよう。

☆

魂とか言っちゃうから怪しく聞こえるのもしれないけれど、

心の学びとかスピリチュアルなことって

理性と感性、心と身体、右脳と左脳、本音と建て前、思考と感情などの

あらゆる二元論を超えて自分を統合していくこと、

自分の心の声を聴いて、自分らしくリラックスして生きていくことが

一番の社会貢献になると思う、

私はそんな生き方がしたいし、そんな生き方をしたいと思う人をサポートしたいんだ、

というようなことを夫に伝えた。

そして、私はこれからも自分なりに心の学びを続けていきたいということも伝えた。

「私が学んでること、怪しいと思ってた?」と聞いてみたら、

夫は私が学んでいることは「変な宗教みたいなもので、

そのうち1,000万円ぐらいする壷を買わされるんじゃないか」と

思っていたと話してくれたw

壷も印鑑も買ってませんから!

☆

夫から言われたことは、「人のせいにするな」ってこと。

家族がどうとか、オレがどうとか、迷惑がかかるとか、

人のせい、他の人のせいにしないで、自分が信じる生き方をするしかない。

オレはオレの好きに生きるから、ミレイもミレイの好きに生きろ。

そこに100%共感できなくても、ミレイが好きに生きられるように協力するから。

☆

ホントはね、分かってるんだよね。

“つくるちゃん”が味わい深いのは前半部分。

「(大切な)人の理解と受容が得られないと、私は自分の好きにしてはいけない」

「(大切な)人の理解と受容の範囲内でしか、私は自分の好きにしてはいけない」

この前半部分を大切に握りしめることで、

私には、人生、本気で勝負しないで済むというメリットがあった。

自分が自分の命を使わないための言い訳が立つというメリットがあった。

周囲に波風を立てないというメリットがあった。

☆

けれども夫は言っていた。

自分が信じる生き方を貫くためには波風は立つものだ。

それも含めてミレイが自分の好きに生きられるように、オレは自分ができることをする。

☆

今年、亡くなった樹木希林さんが夫の内田裕也さんについて言っていたこと。

夫というのは有り難い存在なんです。

有り難いというのは難が有るということ。

自分にとって具体的に不本意なことをしてくる存在が自分を映す鏡になり、師になる、

細かいニュアンスは違うかもだけれど、こんなことを語っていた。

そういう意味では、夫は私にとって最大の有り難い師であることは間違いない。

☆

私はもう突き抜けたい。

色んな言い訳をしたくない。

先に進みたい。

そんな思いで、カードを引いてみた。

「THE MASTER」

あぁ、もうね~。

言葉が出ませんから…・

☆

夫とすれ違うように感じる時って、息が合っていないとき。

夫と対話をしたあとに、心友から教えてもらったように息を合わせるのをやってみた。

嫌がられるかな、と思ったけれど、

「ねぇ、息を合わせない?」と誘ってみたら、全然嫌がらなかった。

夫がソファに座り、夫のお腹と私の背中がくっつくように上に乗るようにしてみた。

「重い?」と聞いたら「重くない」と。

そのまま私のお腹の前で手をつないで呼吸を合わせてみる。

私の背中で夫の鼓動を感じる。

夫の呼吸は私よりも少し速いみたいだ。

あったかいなぁ。

互いを理解し合うために向き合って対話をすることも大切だけれど、

ただ呼吸を合わせるだけで、夫との距離がものすごく近くなる。

近くに子ども達もワンコ達もいたので、なかなか静寂が保てず

くっついて呼吸を合わせていたのは、たぶん3分ぐらいかな。

短い時間だったけれど、ものすごく気持ちが落ち着いた。

☆

夫は有り難い存在だな。

私は、前に進むね。

 

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