生きているだけでいい

先週末はこころの学びのお師匠さん 岡部明美さんと

こころの学びのお兄ちゃん 小倉広さんのコラボワークショップに

前回までに引き続き、アシスタントとして参加してきました。

 

 

ワークショップの前からなんだけど、

「生きているだけでいい」

「生きていてくれてありがとう」というような言葉が

私の中に繰り返し浮かんでいて、

ワークショップでも同じようなメッセージを何度も受け取りました

 

お知らせ
◆月例勉強会『自分を生きるレッスン』
●2022年5月☆月例勉強会は都合によりお休みです

●2022年6月☆月例勉強会@ZOOM&千葉市
6月18日(土)13時半~16時半
『ゲシュタルト療法を面談に活かす』

詳細とお申込みはこちらから

 

うちの夫は子どもの頃に

お母さんを急に亡くすという体験をしているので、

時折、子ども達に

「キミたちの年齢の時には

パパのお母さんはいなかったんだよ」

というような話をします。

文脈としては

「だから、キミたちにはママがいるってことは

ありがたいことなんだよ」

と続くのですが、

夫がこう言うのを聞くと

小さかった夫はどんな思いだっただろうと想像されて、

いつも泣きそうになります。

 

 

私なりに家庭や家族を大切にしているつもりですが、

基本的には仕事に比重を置いた生き方をしているので、

数年前までは

「妻として、母として、もっとがんばらないといけない」とか

「こんなに仕事ばかりしていていいのかな」とか

「妻として、母として、私は全然足りない」

というような罪悪感を感じることもありました。

 

 

罪悪感は自分の中に作り出す妄想です。

頭の中の妄想から離れて、

現実世界にしっかりコンタクトして、

夫や子ども達の様子を観察してみると、

仕事や学びで私が家を空けても

夫や子ども達が文句を言うこともないし、

私が家事をしっかりしようがしまいが、

家の中に私がいるだけで

夫も子ども達も安心して嬉しそうにしています。

 

 

「妻たるもの、母たるもの、こうあるべき」とか

「ママなんだからこうしなきゃダメ」とか

「役に立っていないといる意味がない」とか

「一家の大黒柱としてすべてを背負わなきゃ」みたいに

自分や人に対する期待のハードルをあげると

どんどん苦しくなるけれど、

「もしも自分が、この人が、存在しなかったら」と想像してみると、

大前提として、

まずは、生きていることに意味があるんです。

生きて、ここにいるだけで価値があることなんです。

 

 

生きているだけでいい。

 

今日という日を生きられることに感謝!

 

 

 

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