【開催報告】LMTレッスン|マインドフルネス

9月6日と20日の2回にわたり、LMTレッスン「マインドフルネス」を開催しました。

講師としてお招きしたのは、精神科医の山内直人先生です。

山内先生は、精神科臨床やリワーク支援(休職者の職場復帰を支援する取り組み)、産業保健の現場に長年携わってこられました。

今回は、

  • 第1回|基礎編「今、この瞬間」を感じる
  • 第2回|応用編「私」を手放す

という2回構成で、体験と理論の両面からマインドフルネスを学びました。

マインドフルネス=リラックス法、ではない

「マインドフルネス」と聞くと、

呼吸を整える、

瞑想をする、

心を落ち着かせる

——そんなイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。

しかし山内先生のお話を伺いながら、私自身、あらためて気づいたことがあります。

マインドフルネスは、単なる「リラックスのための方法」ではありません。

自分の中で起きている思考や感情、身体感覚に気づき

すぐに評価や判断をせず、今起きていることをただ観察する

それは一つのテクニックというより、自分や世界とどう関わっていくかという「生き方」そのものにつながるものだと感じました。

セミナーでは、

呼吸法や歩く瞑想を実際に体験しながら、

認知行動療法(考え方のクセに働きかけて気持ちを楽にする心理療法)との関係、

仏教にさかのぼった思想的背景、

脳科学の研究まで幅広く学びました。

事前には、山内先生からA4で14枚にも及ぶコメント付きの文献リストが届きました。

日々の臨床で患者さんと向き合いながら問いを持ち続け、数多くの書籍や論文を読み込んでこられた先生の姿勢が、そこからも伝わってくるようでした。

第1回|「今、この瞬間」を感じる

第1回のテーマは「今、この瞬間」を感じることです。

マインドフルネスの基本的な考え方を学びながら、呼吸法や歩く瞑想を体験しました。

呼吸に意識を向けているつもりでも、気づけば別のことを考えている

——仕事のこと、

——今日の予定、

——さっき誰かに言われたこと。

私たちの心は、本当によく動きます。

大切なのは、雑念が浮かばないようにすることではありません。

「あ、今、別のことを考えていた」と気づいたら、また呼吸へ意識を戻す

その繰り返しです。

参加者からも、こんな感想が寄せられました。

呼吸法の実習が印象的でした。
自分の頭の中の沢山の雑念に気づくと同時に、今、ここ、呼吸に戻ることの大切さを実感しました。

「今ここにいなければ」と頑張る必要はありません。

離れていることに気づいたら、また戻ってくればいいのです。

歩く瞑想でも

普段、自分がどう身体を動かしているのか、ほとんど意識していなかったことに気づいた

という声がありました。

歩く、

食べる、

仕事をする、

誰かと話す

——毎日当たり前にしていることも、

少し意識を向けるだけで、それまで気づかなかった発見があります。

「マインドフルネスは筋トレと同じ」

今回、特に「なるほど」と感じたのが、山内先生の「マインドフルネスは筋トレと同じ」という言葉です。

マインドフルネスを繰り返すことで、思考や感情、身体感覚、衝動など、自分の中で起きていることに気づく力が少しずつ養われていく

——この表現に、深く納得しました。

私自身にも、思い当たる体験があります。

もう何年も前のことです。

洗濯物を干していたとき、「○○したいな」という考えがふっと頭に浮かびました。

すると、ほぼ同時に「いやいや、あかんわ」「そんなん許されへんわ」という考えが瞬時に浮かんだのです。

そして次の瞬間、

「誰の許しが必要やねん」

「これだけ学んできて、まだ自分で自分を縛ってるやん」

と、自分で自分にツッコミを入れていました(関西生まれなので、頭の中のおしゃべりは関西弁です)。

おそらく、わずか1〜2秒の出来事だったと思います。

それでも、何年経ってもよく覚えています。

自分の中に浮かんだ思考に、ほぼその瞬間で気づけた

——それほど鮮明な体験だったからです。

筋トレを続けると筋力がつき、その効果は、トレーニング中だけでなく日常でも発揮されます。

たとえば転びそうになったとき、身体がとっさに支えてくれることがあります。

マインドフルネスも同じです。

瞑想中だけでなく、日常のふとした瞬間に「あ、私、今イライラしているな」「身体がギュッとしているな」と気づく。

その効果は、むしろ何気ない日常の中でこそ感じられるものなのかもしれません。

第2回|「私」を手放す

第2回のテーマは「私」を手放すこと。

第1回よりさらに深いところへ進み、仏教の思想にまでさかのぼりながら、「私」を手放すことや「あるがまま」とはどういうことかを学びました。

というのも、第1回のあと、私の中には一つの疑問が残っていました。

マインドフルネスは「今ここ」を「あるがまま」に知覚することと説明されます。

「今ここ」はなんとなく分かる。

でも、「あるがまま」とは、具体的に何を指すのでしょうか。

分かったつもりでも、あらためて考えると意外と掴みにくい言葉です。

第2回では、この「あるがまま」を体験的に考えるワークがありました。

たとえば、氷水に手を入れるワークです。

氷水に手を入れると、まず「痛い」と感じます。

しかし、その感覚を丁寧に観察してみると、「冷たい」「ピリピリする」など、実にさまざまな感覚が含まれていることに気づきます。

参加者からも、次のような感想がありました。

氷水に手をつけると最初は「痛い」と捉えるが、ゆっくりと観察すると「ピリピリ」などの感覚として感じられた。
(中略)
事実と思考を分けて考える、ということをより具体的に体感できた。

私たちは、目の前の出来事をそのまま経験しているつもりでも、

瞬時に名前をつけ

「いい」「悪い」と評価し

「こういうものだ」と判断しています。

だからこそ、すぐに判断する前に、「今、何が起きているんだろう」と、少し丁寧に観察してみる。

「あるがまま」とは、嫌なことを我慢することでも、何でも受け入れることでもありません。

まずは、今起きていることに気づくところから始まるのです。

「自分を生きる」は、自分に気づくところから

LMTでは、「自分を生きる」ことを大切にしています。

しかし、「自分らしく生きよう」「自分の本音を大切にしよう」と言われても、そもそも自分が何を感じ、何を考え、何を望んでいるのかに気づかなければ、「自分」は見えてきません。

私たちは何かが起きると、瞬間的に反応します。

腹が立てば言い返したくなり、

不安になれば避けたくなり、

「やらなきゃ」と思えば自分の疲れを無視して頑張ってしまう。

もちろん、そうした反応にはその人なりの理由があり、反応する自分を否定する必要はありません。

けれど、

「あ、今、私はこう感じているんだな」

「こう反応しようとしているんだな」

と気づけたら、すぐに反応するのではなく、ほんの少し立ち止まれるかもしれません。

その小さな余白の中で、「私は、本当はどうしたいんだろう」と自分に問いかけることができる。

自分を生きるために、まず自分に気づく

——そのための一つの方法が、マインドフルネスなのだと思います。

今日からできる、小さなマインドフルネス

マインドフルネスのために、特別な時間を用意する必要はありません。

日常の中で、小さく試すことができます。

1 1分だけ、呼吸に意識を向ける

考えごとが浮かんでも「ダメだ」と思わず、 気づいたらまた呼吸に戻ります。

2 行動を一つ、丁寧に味わってみる

歩く、食べる、お茶を飲む。 何気なくしていることに、少しだけ意識を向けてみます。

3 すぐに判断せず、観察してみる

「嫌だ」「つらい」とひとまとめにする前に、 身体の感覚や感情を少し細かく感じてみます。

毎日きちんと瞑想しなければ、

マインドフルにならなければ

——そんな新しい「べき・ねば」を増やす必要はありません。

「あ、今ここにいなかった」と気づいたら、また戻ってくる。

また離れたら、また戻る。

マインドフルネスは筋トレと同じです。

その小さな繰り返しによって、「気づく力」は少しずつ育っていきます。

山内先生、2回にわたり、マインドフルネスの世界を深く、そして体験を通して伝えてくださり、ありがとうございました。

ご参加くださった皆さま、ありがとうございました。

今回体験したことが、皆さんの日常のふとした瞬間に思い出され、ご自身に立ち戻る小さなきっかけになれば嬉しく思います。